スイーツパラダイス

室内に漂う甘い香りに興味を惹かれ、イノリは漸く慣れてきたばかりの現代建築の中をその香りに導かれるように歩いてある場所へと辿り着いた。

そこは現在イノリが居候中の流山家のキッチンであった。そのキッチンの中から甘い匂いが一面に漂っているのである。

「…これ何の匂いだ?すっげー甘いじゃん」

キッチンの中で何か料理をしているらしい詩紋を見つけ、中へと入りながらイノリは香りの正体を確かめようと声をかけた。

「あ、イノリ君…今ケーキ作ってるんだ。もうすぐ完成だからもう少し待っててね」
「けーき?ああ、あの甘くて美味しい菓子の事だよな」

京からこちらに来たばかりの頃、一度詩紋の作ったケーキを食べた事を思い出して、イノリはそう答えた。

「うん、そうだよ。もう焼き上がってるからいい香りがしてるんだよ」

そう言いながら詩紋はクリームがふんだんに塗られたケーキの上にデコレーションを施していく。使用している果物は桃がメインらしく、きれいな形に切られた桃をトッピングするのも忘れない。

「へー…けーきってこんな風にして作るのか…結構手が込んでるんだな」

詩紋がケーキのデコレーションをする様を見やりながら、感心したようにイノリは言う。だが、ふと何故いきなりケーキを作っているのだろうかと思った。

前に食べた時は確かイノリが京から来たお祝いだとか言って作っていたような気がする。だからケーキというものは特別な時に作るものなのかとイノリは勝手に思っていた。
それならば今日は一体何が特別だというのだろうか。それがイノリには見当がつかなかった。

「…今日って何かあるのか?何でけーき作ってるんだ?」

解らない事は訊くのが一番早いと思い、イノリはデコレーションの仕上げにかかっている詩紋に尋ねる。すると、詩紋はどうしてそんな事を訊いてくるのかという顔で受け答えた。

「何かって…今日はイノリ君の誕生日でしょ?」
「たん、じょうび…って何だ?」

今日は8月18日、イノリが生まれてきた日だという事をいつだったかイノリから聞いた事を覚えていた詩紋は、それを祝う為にケーキを用意していたのだ。

だが、イノリのいた京という世界のその時代には誕生日の概念がなかった。だからイノリには一言で誕生日と言われても何の事だかいまいち解らなかった。

「あ…えっと、誕生日っていうのは生き物が生まれてきた日の事を言うんだ。その日はね、大切な誰かがこの世界に生まれてきた事をお祝いするんだよ」

誕生日の概念が解らないイノリに解り易いように簡潔に纏めた言葉で詩紋は説明した。

「…なるほど…確かに今日はオレの生まれた日だけど、よくそんな事覚えてたな詩紋」

普通は他愛ない会話の流れでの話など忘れてしまってもおかしくないだろうと思うが、それを覚えていた詩紋に素直にイノリは感心する。

「うん、京では生まれた事を祝う習慣がなかったんだよね?」
「ああ、京では毎年その年の初めに皆一斉に年を取るのが当たり前だったからな」

元々住んでいた世界が違うのだからこちらでは当たり前の事が向こうではそうでない事は幾らでもあった。誕生日に関しても然りで。

「だから僕、こっちの世界にイノリ君と来られたら絶対に祝って上げるんだって…実は密かに思ってたんだよね。それで覚えてたんだ…」
「…詩紋…」

誰かに生まれた事を祝って貰った事がないというのは寂しいと感じた詩紋は、いつか自分がイノリの生まれた事を祝いたいと考えていたのだ。
そして京での一連の出来事の後詩紋と離れ難くなって共についてきたイノリを、こうして祝ってやれるチャンスが出来たのを詩紋は逃すまいとしていた訳である。

「よし、これで完成!それじゃイノリ君、ここを片付けたらリビングに運ぶから一緒に食べよう。先に行って待ってて?」

話してる内にデコレーションを完成させた詩紋はそう言ってエプロンを外すと、ケーキを作るのに使った道具を流しに入れて洗いにかかる。
と、その道具を洗おうとする詩紋の手をイノリが引き止めた。詩紋がどうしたのかとイノリの方を振り向く。

「ここ、くりーむついてる…」
「え…?」

そう言ってイノリが顔を寄せてきたかと思うと、頬についていたらしいクリームをイノリの舌がペロリと舐め取った。
突然の行動に詩紋は驚かずにいられない。

「い、イノリ君…いきなりどうしたの…っ?」

それまでの年相応の顔が急になりを潜めて一転して男を匂わせる眼差しを向けてくるイノリに、思わず動揺しながらそう返してしまう。

「ここも、ここにもついてるぜ…」

よく見てみれば詩紋のノースリーブの上着から覗く腕やら首筋やらにクリームがついていた。おそらくケーキを作っている最中についたものだろう。

それを見つけてはイノリが舌で掬い取る。その、舌で触れられる感触に、こんな所ではと思いながらも意思に反して詩紋の体はふるりと震えて。

「…んっ、待って…イノリ君…っ」

止めなくてはと何とか抵抗を試みて詩紋は腕を突っぱねるが、その腕も絡め取られて抵抗にならなかった。

ふと、イノリの視界に余ったらしいクリームの入ったボールが映る。すると、何を思い立ったのかイノリはそのボールを持って詩紋の手を引いた。

「イノリ君?どこに、行くの…っ」
「部屋だよ、部屋」

詩紋の手を引いて廊下へ出たイノリに詩紋が問い掛けると、そんな返事が返ってきてどこへ向かっているのかが解る。

「でも、後片付けがまだ…」
「そんなのは後でもいいじゃん。とにかくついてこいよ」

そう言って詩紋が渋るのも構わずイノリは自分に割り当てられた部屋へと戻った。
室内に入るとイノリは詩紋をベッドへと座らせて、その横にボールを置く。

「イノリ君…そんなものを持ってきてどうするの…?」

もう用途を失くした筈の余ったクリームを持ってきてどうしようというのかと詩紋が尋ねれば、イノリは詩紋の真正面の位置に膝をついて彼の着ているノースリーブのシャツに手を掛けた。

「そのまま捨てるの勿体ないじゃん、だから使うんだよ」
「使うって…?」

残ったクリームをこんな所でどう使うんだろうと詩紋が疑問に思っていると、指でそのクリームを掬い取ってイノリはそれをシャツの下から現れた詩紋の肌に塗りつける。

「…ひゃっ」

肌に感じる冷たいものに、思わず詩紋の口から引っくり返ったような声が零れる。それでも構わず何度かクリームを詩紋の肌に塗りつけると、イノリはボールを少し離れた所に置き直して自分の上着だけを脱いだ。

「こうしたらお前すっごくいい香りして美味そうじゃん…今はオレ、けーきよりお前を食べたい…」

そう言ってイノリは詩紋をベッドへ押し倒すと、塗りつけたばかりのクリームに舌を這わせる。

「…っ、待って…イノリ君、まだお昼だよ…っ、誰か戻ってきたら…」
「おばさん達は帰ってくるの夜になるって言ってたじゃん、まだ大丈夫だって…」

既にイノリの行動に煽られて抵抗もままならなくなり始めている詩紋はこれが最後の抵抗とばかりに言ったが、あっさり切り返されて流されてしまう。

「ん…っ、ャ…イノリ君…くすぐったい、よ…っ」

肌を滑るイノリの舌の感触に小さく体を震わせながら訴える詩紋だが、それでもイノリはその行為を止めるどころか益々深いものにしていく。

「…くりーむも甘いけど、お前もすごく甘いな…」

詩紋の肌を味わいながらイノリは感心するようにそう告げる。耐えるようにベッドのシーツを握り締める詩紋の手に自分の手を重ね、もう一方の手では舌での愛撫に形を変えだした詩紋の中心に触れて。

「…っ、ぁ…あっ…駄目、イノリ、くん…っ」

引き摺り出されるように抑え切れなくなるもどかしさから逃れるように体を震わせ、詩紋は抵抗にならない抵抗を必死でするのだが、それさえもう出来なくなりそうだ。

「ダメじゃないだろ…ここも熱くなってるし、そんな声出てんじゃん?」

甘く震えるモノを労わるように愛撫しながら噛み付くような口付けと共にそう言われて、詩紋の体がビクンと震えて。

「あっ、あぁ…っ」

何度かこんな風に体を重ねた事はあったが、今日のイノリはいつもとどこか違う気がする。こんなに優しい腕なのに、何故だかどこかが意地悪な感じに思うのだ。

そもそもイノリがそういう気になったのだって、今日は余りに突然だったように思う。
詩紋はそんな事をぼんやりと思いながら自分を組み敷くイノリを見上げた。

「…何だよ、そんな不安そうな顔して…?もしかして、こういうの嫌だったか…?」

困惑しているような表情で見上げている詩紋に、自分がまずい事をしてしまったのかと今更気付いて、イノリは参ったという顔でそう問い掛ける。
だが、想いを寄せるイノリにこうして触れられる事自体は嫌ではない詩紋は、違うという意思を示すように首を横に振る。

「そうじゃないよ…ただ、今日のイノリ君が少し強引だから戸惑ってるだけ…ごめん、僕誤解させちゃったよね…」
「…何だ、そっか…良かった、嫌がられてんのかと思って焦ったぜ…」

詩紋の口から嫌がっていた訳ではないという事を聞いて、ほっと胸を撫で下ろしつつイノリは息を吐く。

「ごめん、オレの方こそ焦り過ぎてたかも…何かオレの為にけーき作ってくれてるお前見てたら抑えが利かなくなってた、っていうか…とにかく悪かった!」
「イノリ君…そうだったの?」

自分にも非があって詩紋を戸惑わせていたのだと解り、イノリは半ば捲くし立てるようになりつつも謝罪の言葉を詩紋に告げた。

「…まぁ、そういう訳だ…ごめんな、ビックリさせて」

それを聞けばなるほど、強引になってしまったイノリの気持ちも何となく詩紋には解った。それ程我慢強い方ではない所のあるイノリの事だ、思い立ったら行動に移さずにはいられなくなったのだろう。
そう考えると、それだけイノリが自分の事を想ってくれているのだと思えて、詩紋は行き過ぎてしまったイノリの行動を許してやりたい気持ちになった。

「…ううん、いいよ。事情が解ったんだし…でも、このクリームはどうして…?」

だが、クリームの事だけはどうにも理解出来なくて詩紋はこの際だからと訊いてみた。そこから返ってくる答えがどんな物かも知らずに。

「え…?いや…それは…」

しかし言うのがはばかられるのか、イノリはすぐには答えなかった。困ったようにイノリの視線が宙に泳ぐが、詩紋の真っ直ぐな眼差しに見つめられて言い逃れる事は出来そうにない。

「…ただ単に、お前のほっぺに付いたくりーむを取った時にいいなって思ったっつーか…お前をくりーむだらけにしてみたいって思った、っつーか…」

最後の方はしどろもどろになりながらイノリは、観念して自分が詩紋にクリームをつけた時の理由を答える。

「…そ、そんな理由だったの…?」
「…何か、クリームつけたお前が…やばいくらい可愛かった、からさ…ごめん、詩紋」

イノリの告げた理由に驚きつつその内容の恥ずかしさに詩紋は頬を染めた。あの瞬間、イノリの表情が豹変したのはそういう理由だったのだと思うと、嬉しくもあり複雑な気分でもあった。

「そ、それでさ…お前がもし怒ってないんだったら、このまま続きしてもいいか…?」

困ったように眉を八の字にしたまま、イノリが詩紋に尋ねてくる。先程までの強引さが嘘のように思えた。

「…ダメって言ってももう我慢なんて出来ないんでしょ?」
「う…」

少し呆れたような表情で詩紋が返せば、図星を指されたのかイノリは言葉に詰まる。思い立てば即行動、時には行き過ぎてしまったり、器用な癖に時々不器用だったりする…そんなイノリが堪らなく愛しく思う。
詩紋はそわそわしながらも返事を待っているイノリに自分から体を寄せて抱きついた。

「…僕も、こんな中途半端なままじゃ辛いよ…イノリ君」
「…詩紋っ」

それがOKの合図だと、言葉にせずとも肌を合わせただけで伝わってきた。直接言葉にこそしなかったがこのまま先へ進む事を了承してくれた詩紋に、イノリは込み上げる想いを隠せずに満面の笑みを作って。

「もう強引にはしねーから…」
「うん…」

そう言ってイノリが改めて詩紋の体に覆い被さって愛撫の続きを再開する。まだ肌に残っていたクリームを舌で取り去って、熱の集まっていく箇所を優しく攻める。
かと思えば何もかもを奪い尽くされるような口付けを肌の至る所に注がれて。

「…あ、あっ…んんっ」


その労わるようでもあって熱く求めるようでもある愛撫に、詩紋は零れ出る声を抑えられなくなる。
「…顔、真っ赤じゃん…可愛い、詩紋…」

潤んだ瞳にイノリを映して頬を染めている詩紋を見つめて、心から嬉しそうにイノリが微笑う。

「…イノリ、くん…っ、ぁ…あぁん…っ」

そんなイノリの表情が詩紋にも自分の事のように嬉しく思えて、またも愛しさが内から沸いてくる。こんな風にイノリが満足してくれているのなら、二人でケーキを食べるという予定とは違ったが誕生日を祝うという点では詩紋の思惑は成功したと言えるのかもしれない。

「…詩紋、もう結構やばい事になってんだけど…お前ん中、入ってもいいか?」

ふいに、詩紋に愛撫している間我慢していた為か流石に切羽詰った顔でイノリがそう言った。詩紋とて、余り焦らされても逆に辛い所まで追い立てられていて、それを断る理由などなかった。

「うん、いいよ…僕もイノリ君と繋がりたい…」

詩紋がイノリの言葉に応えるようにそう口にすると、イノリは柔らかな笑みを浮かべて詩紋の体に負担を掛けないようしっかりと腕で支える。そして、ゆっくりと秘められた箇所へと身を進ませた。

「…あぁっ…」
「…っ」

まだ少し窮屈なその中へ少しずつ進入していくと、詩紋が抑えきれず甘く声を上げる。締め付けてくる内部にイノリも息を僅かに詰めたが、それも暫くすると馴染んできて、互いに苦痛よりも快楽の方が強くなった。

「…あっ…イノリ君、の…熱い…っ」
「お前の中も…同じだ…熱くて、燃えてるみたいだ…」

繋がり合った場所から互いの熱が伝わってきて、ひどく満たされている気がする。それだけで幸せだと思えてくる程、互いの熱は心地良くて。

「イノリ、君…誕生日、おめでとう…イノリ君が生まれてきた事、イノリ君に出逢えた事…僕、とっても嬉しい…」

本当はケーキと別に用意してあったプレゼントを渡す時に言うつもりだった言葉を、詩紋は今口に出した。何故だか今言いたい気分になったのだ。
互いの熱を感じ合っている今だからこそ、伝えたいのだと。

「詩紋…ありがとうな」

詩紋の体を抱きながら、イノリは照れ臭そうに笑ってそう言う。
「…詩紋がオレの事を祝いたいって言ってくれて、すっげー嬉しかったんだぜ、オレ…」

詩紋の金糸の髪を指で掬って、その髪先に口付ける。
髪の先から爪先まで、詩紋の全てが愛しくて堪らない。溢れんばかりのその想いを乗せて、イノリは詩紋の唇に自分の唇を重ねる。

「…んっ…んん…っ」

離れる事を惜しむように何度か貪り合うような口付けを交わした後、イノリの唇が詩紋から離れた。

「…詩紋、大好きだぜ…」
「うん、僕も…イノリ君が大好き…」

そうして再び、まだ足りないとでも言うように二人の唇が重なり合う。

重ねた唇は詩紋がイノリの為に作ったケーキより何倍も甘い甘い、至高の菓子のように二人の身も心も蕩かしていった―――――。



昨年の夏に一回きり無料配布した本からの微量に修正したversionです。
修正といっても誤字直した程度ですが…久しぶりの更新がこれですか…(´д`;)

えっと、随分久しく書いてなかったイノ詩だったので初々しく書く事を目的にしていた筈だったんですが、仕上がってみればいつもと変わらぬ熟年夫婦な二人に…っていうかイノリが更なる進化を遂げたという…(笑)

イノ詩でこんなに濃いエロを書くのって私くらいしかいないだろう…世間に喧嘩売ってますかね…?(^^;ゞ
おかしいなぁ…何か進む道間違えたのかしら…。

現在5月を目標に天朱雀×地青龍本を作る事を考えてるんですが、このままだと確実にヒノ九・イノ天は制限あり確定でイサ勝だけプラトニックな感じになりそうだ…頑張ってイサ勝でもエロを、目指したい…なぁ(笑)

書く回数を重ねるごとに変態になってきてる気がするなうちのイノリ…そんなんでも宜しければこれからも宜しくお願いします〜(^^;ゞ

07,3,09UP


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